不気味の谷のハロウィンと、接客地獄への冒険

接客が苦手だ。

 

正確に言えば、「接客」されることが苦手だ。

 

たまに死ぬほどプロ意識が滲み出ている店員に出くわすことがある。

 

うさんくさいほどのにこやかな顔に、極度な低姿勢。日常会話では考えられない爆音で話しかけてくる。さらに女性店員にありがちな、イルカみたいな金切り声。

 

接客とは主にサービス業において店員と客との関係を円滑にするための術だ。もちろん最大限の振る舞いをするのは素敵なことだと思うのだが、本来ならばただの人と人。あまりにもわざとらしい「接客」を受けると、個人的には辟易してしまう。

 

 

地元の駅近くに、よく利用するコンビニがある。 

 

そのコンビニは大学生くらいの若いアルバイトばかりで、基本的に卒なく、淡々と業務をこなす。客が商品をレジに持っていけば、手際よくバーコードを読み取り、目当てのたばこを一発で取り出してくれ、「ポイントカードはお持ちですか?」のQに対するこちらのAを待たずに食い気味でレジ袋に投入する。

 

そこに店員としての愛想は存在しない。あるのは無心。純粋な無であり、宇宙。「“無”が有る」という現代哲学が、コンビニのレジには蔓延している。

 

だが、僕は店員の愛想がないことに対して憤りたいわけではない。それはむしろこちらにとって好都合である。余計なやり取りや間を極限までカットすることで、客は欲しい商品を迅速に手に入れ、店員は効率的に給料を稼ぐ。まさにGive and Take、Win-Winの関係なのだ。

 

しかし、そんな静穏な小宇宙に、ある日事件が起きてしまう。

 

先日、いつものようにそのコンビニに入ったときのこと。

自動ドアをくぐり抜けた瞬間、僕は耳を疑った。

 

 

 

「っらしゃいまっせ〜〜↑↑↑↑↑」

 

 

f:id:hibikukataoka:20191027222604p:plain


 

 

こじんまりとした店内には不釣り合いすぎるボリュームで、女性の声が響き渡る。明らかに普段の店とは何かが違う。

 

この時点で僕は悟った。これは、この先に待ち受ける地獄への“歓迎”だと。血の池よりも針山よりも耐え難い、世にも恐ろしい接客地獄のはじまりだと。

 

完全にヤバいところに来てしまったと思いつつも、小腹が空いていたためそそくさとお菓子コーナーに足を運ぶ。が、棚を見て僕は愕然とした。

 

魔女、コウモリ、フランケンシュタイン。うす気味悪い魑魅魍魎の群れが、しめしめ顔で待ち構えていたのだ。棚の上に視線を上げると、『10月31日はハロウィン』の文字。ああそうかハロウィンか、と一瞬納得したのも束の間、ある違和感が頭をよぎる。どうして西洋の魔物がこんな極東の片田舎に? しかも皆が皆、ペラペラの厚紙のようなみすぼらしい姿にされて棚に張り付けにされている。…そうか。彼らはこのコンビニに構えられた地獄の奴隷兼水先案内人として、はるばる拉致されてしまったに違いない。あの女店員の魔の手は既に海を越え広がっているとでも言うのか。

 

ここで彼らを救うために立ち上がることも勿論考えたが、いかんせん腹が減っては戦はできぬだ。小腹を満たすという本来の目的をまっとうするため、ゆっくりと深呼吸をしながら陳列されたお菓子に目をやる。見渡す限り一面のオレンジ色。無数のカボチャのイラストがこちらを凝視している。しかもこのカボチャたち、よくよく見れば中身が何者かによって食い尽くされている。空虚を超えた空虚。もぬけの殻。勘のいい皆さんならもうお気づきだろう。あの鬼畜女店員の所業である。人を見かけで判断してはならいない。そう思い知らされた。

 

 痛ましい姿となったパンプキンたちを偲びつつ、商品棚に手を伸ばす。選んだのは、《トッポ》。地獄への道には危険がつきものだ。旅の相棒として、さながらエクスカリバーのごとく輝くそれを僕は棚から引き抜く。さあ、冒険のはじまりだ。

 

着々と、確実にレジへの歩みを進める。常に周囲への確認は怠らない。正直、ちょっと列を間違えて抜かしてしまっただけでめちゃくちゃ怒鳴ってくるヤバめなおっさんのほうが店員よりよっぽど厄介だからだ。あれは本当に怖すぎる。横入りしたやつに親でも殺されてないと辻褄が合わない。幸いにも先客はいなかった。

 

「お待ちのお客様どうぞ〜〜!!」

 

8オクターブくらい上げた不自然すぎるハイトーンボイス、痙攣を起こすレベルに引きつった笑顔。予想に違わぬ曲者だ。どう考えても毎日枕の下に接客マニュアルを入れ、夢の中で接客5大用語を反復しているとしか思えない。接客地獄をつかさどる閻魔大王の頬には、気味の悪いえくぼが2つ。僕にはそれが『不気味の谷』にしか見えなかった。

 

『不気味の谷』現象をご存知だろうか。ロボットなどの姿や仕草をだんだん人間に寄せていくとき、ある一定値までは親近感を抱くがあまりに人間に近くなると逆に不気味さや嫌悪感を抱く現象のことである。この呼称は比喩だと思っていたが、まさかこんなところに実在していたとは。しかもこの店員は、生身の人間であるところから接客マシーン、つまりロボットに近づくことで『不気味の谷』への道を駆け下りているのだ。谷への道は双方通行だったのである。

 

衝撃の事実にうろたえながらも、僕はここぞとばかりにエクスカリバー(トッポ)を見せつける。と、その瞬間、店員はノールックでバーコードを読み取りレジ袋にぶちこんだ。

 

…!

 

完全に出し抜かれた。鮮やかすぎる立ち回りに呆然としてしまう。そう、彼女は見かけこそ「クソ丁寧すぎるマニュアル接客店員」だが、その仕事ぶりはいたって飄々としている。1秒の無駄もない。しかもよくよく思い返せば、彼女は商品の確認をする以前にレジ袋を準備していたじゃないか。こちらがトッポを持ってくることなど想定の範囲内であり、それを嘲笑しているに違いない。まるで「やっぱこれだね」とでも言うかのように。

 

しかし重要なのはそこじゃない。あの常軌を逸した接客態度だ。家で電話に出た母親の声のトーンが急に高くなってなんともいえない違和感を覚える感じのアレだ。こんなところで彼女の接客を評価してしまえばこちらの負けを認めるようなもの。仕切り直すために、僕は回復アイテムの使用を試みた。

 

「キャメルのメンソール1つ」

 

すると、店員は間髪入れずにこう返す。

 

「ごめんなさい〜〜ただいま品切れなんですぅ↓↓↓」

 

…ふざけるな。

 

本来ならばあってはならない圧倒的不利な状況である“品切れ”を逆手に取り、謝罪をすることで自分の土俵にするという高度なテクニック。客の信頼を失うタイミングは、裏を返せばさらなる信頼を得るチャンスなのである。攻撃こそ最大の防御。「ひとのときを思う」 を地で行く彼女の接客は7つ星(セブンスター)をあげても差し支えないレベルだ。

 

いよいよ翻弄されきってしまっているが、戦いは終盤を迎えようとしている。

 

最後の関門、“ポイントカード”。もし紋切り型に「ポイントカードはお持ちですか?」などと聞いてこようものなら「持ってないです。」と一蹴し、逆転ブザービートをお見舞いしてやる。そんな勝利のシナリオを描きながら、いったいどのような対応をしてくるのだろうかと、僕は決済用のスマホを手に持ちながら問いかけを待った。

 

 

「お会計、162円です。」

 

 

 

バカな。

 

問いかけが、ない。

なんとこちらがポイントカードを提示する素振りを見せない様子からすべてを察知し、彼女はあえて「聞かない」という選択肢を取ったのだ。客に接すると書いて接客。しかし彼女は接さないことでコペルニクス的接客を完成させてしまった。なんというビッグ・バン。ここにまたひとつ新たな小宇宙が誕生した。彼女は「マニュアルバイト」の仮装をした真のプロであった。

 

 

 

店を後にして帰路につく僕は、なんだか気恥ずかしくなった。今までの考え方の、なんと凝り固まったことだろうと。元気のよいハキハキとした接客も悪くないじゃないか。いや、むしろ清々しい。

 

斜に構えていた今までの自分を反省しながらトッポを口にくわえ、こう思うのだった。

 

 

「いや、ポイントカードは一応聞けよ。」